花おっさんの向こう側(7)男性がプーチン化しやすいワケ

前回のお話「死の誘惑」

私がなんで「プーチン化」したかというと

「優秀でなければ、完ぺきでなければ、強くなければ、競争に勝たなければ

愛される価値も存在価値もない」

って信じてたから。

そしてこの価値観は父から学び、社会で生きていくなかで強化されたもの。

じゃあ、父はなんでこんな価値観を持つようになったのか?

おそらく父もまた自分の親から学び(父の父も暴君やったらしい。)

社会からもえげつなくインプットされたはず。

だって父は戦時と戦後の復興期を生きてきたからね。

今以上にキツかったと思うわ。

力があってナンボ、役に立ってナンボ、競争に勝ってナンボ

いちおう平和な世の中になり、男女平等って言われるようになってきた今は

父たちの時代に比べたらずいぶんマシかもしれへんけど

それでも

「男なんだから強くなりなさい」

「男なんだからみんなを助けなさい」

「男のくせにメソメソしないの!」

みたいに教えられて育った男性は多いんじゃないかな。

男の子向けの漫画とかテレビ番組も

いまだにヒーローものが多いよね。

あれを観て育つだけでも

(男たるもの)強くてナンボ、役に立ってナンボ、戦いに勝ってナンボ

な価値観が植え付けられるんとちゃうかな?

そういう価値観を強く持ちすぎると

自分の弱さや不完全さ、無力さを嫌うようになり

過ちや失敗、敗北が怖くなるわ。

それゆえに「負けたら死ぬ!」くらいの勢いで(べつに死なへんわ。)

力にこだわり、競争や戦いに走るんやけど

ここで「勝ち組」と「負け組」が出てくる。

勝ち組は手にした力を振りまわして暴君になり孤立する

負け組は自信を失い自分の殻にこもるか、自分より弱いものを叩いて捌け口にする

勝っても負けても周りを傷つけるし自分も幸せになれへんのよ。

(男たるもの)強くてナンボ、役に立ってナンボ、戦いに勝ってナンボ

世間も男性のことをそういうモノサシで評価しがち。

女性はまだ「女の子は何もできなくても、可愛かったらいいよね〜」みたいに扱われることも多いから

(これはこれでモヤるけど^^;)

そっちに逃げれるっちゃあ逃げれるんよね。

でも男はそうもいかへん。

男性のほうがプーチン化しやすいのはこれが原因やと思う。

女性の私は「女のくせに」とか「これだから女は」って男性から言われて傷ついてきたけど

その男性もまた「男たるもの」とか「男のくせに」って周り(女性も含むで。)や世間から言われて傷ついてきたんやろね。

勝ち組、負け組で言うたら、父は勝ち組やわ。

そして私も勝ち組。

だとしたら私がこんな生き方を選ばずにはいられなかった事情や痛み、そして勝った後に味わった孤独やしんどさを通して、父の事情や痛み、孤独やしんどさを理解できる気がしたの。

父と母は離婚し、その後父は長年関係を続けていた女性と再婚した。

「この人のことをお母さんと呼べ」と父から言われるのが私は嫌でね〜

(だって私のお母さんは母だけやもん。)

徐々に父と疎遠になり、やがて全く連絡を取らなくなって

もう15年近く経ってたわ。

でもこれでようやく父と歩み寄れるんじゃないか?

そう思ったんやけどね

結局それは叶わなかったわ。

次回のお話「最後に残ったもの」

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