私はお花が大嫌いだ(1)まず第一にお花好き界隈の同調圧力が大嫌いだ!
私はお花が大嫌い
言うても昔の話ね。
今でこそお花をたくさん描いてるし
家にお花を絶やさないくらいに
お花が大好きやけど
それってここ4、5年ほどのことなんよ。
子どものころはまあまあ好きやったわ
毎年春には近所のレンゲ畑で遊んでたし
植物の図鑑を読みあさったり
道ばたで摘んだお花を押し花にして栞を作ってた記憶もある
でも大人になるにつれてお花をあまり好きじゃなくなった。
一時はホンマ大嫌いやったわ
もらった花束がただただ邪魔でムカついて帰り道のゴミ箱に捨てたこともあった
お花は誰が見ても美しいものだ
お花を嫌いになる人なんていない
花束はもらって嬉しいもの
普通にそう思ってる人は多いかもしれへんけど
お花を美しいと感じることも
お花を好きになることも
花束をもらって嬉しいと感じることも
私にとっては当たり前やないねん
でも
もとからお花が好きやった人たちや
お花関係の仕事に就いてる人たちの間では
当たり前、どころか、それが正義!みたいな空気がある気がする
SNSで彼らが
お花が嫌いという人や
花束をもらっても嬉しくないという人に対して
「お花を美しいと思わないなんて、おかしい!」
「お花を好きになれないなんて、おかしい!」
「花束をもらっても喜ばないなんて、ひどい!」
って自分たちの正義を振りかざして
よってたかって叩いてるのを
ちょいちょい見かけるけど
あれにはいまだに強い嫌悪感と怒りが出てくる。
今の私は、お花大好きやわ
でも一部に見られる「”お花が好き”が正義!」みたいな空気は
今でも大嫌い
大嫌いすぎて反発心から
せっかく大好きになったお花をまた嫌いになってやろうかと思いそうになる。(どこへの挑戦やねんw)
お花を愛せなかった昔の私にもちゃんと理由がある
そして今まさにお花を愛せずにいる人たちにも
それぞれにちゃんと理由があるねん。
お花を愛せる人たちが増えてお花が人の暮らしにもっと身近なものになれば
この世界は平和で優しくなる
って今の私は信じてる
だから
お花が今よりもっとたくさんの人たちに愛されて受け入れられるといいな
と願ってる
でもそのためには逆説的なんやけど
「お花を愛せない人たち」の理由をちゃんと理解し
彼らの「お花が嫌い」も受容することがまず大事
とも思ってる。
そんなわけで
・・・でもないんやけど(笑)
1つの例として
私がなぜお花を愛せなかったのか
その理由を何回かに分けて書いてみるわ
お花が好きか嫌いかなんて単に人の好みじゃね?
って片づけられそうやけど
心理カウンセラーっていう職業柄
単なる好みの問題にとどまらない
ちょっとディープな話にも触れるかもです。
>> 次回【(2)花は「綺麗」な「だけ」だから大嫌いだ!】はこちら










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